カテゴリー: 高橋靜佳
登録日: 2012年1月31日 [火曜日] | コメント数: コメントは受け付けていません。
別に寄付が趣味ではないのです。ほんとに・・
この歳になっても、ちっとも社会貢献していない自分はいけないと思うのと、
自分がその場所に行って、実際に働くことができない・・ 例えば、震災の被害があったところへ行き片付けをするとか、どこかで、食事にも困っている人たちへの炊き出しをするとか、病院へ行き、さびしい、苦しい、悩んでいるような患者さんたちに懐かしい唄や好きな曲を歌ってあげたり演奏してお聞かせしたり、そんなことすらできないようなら、
とりあえず私にできることは、わずかながらも、その活動のために寄付させてもらうことくらいだろう・・と思いました。
自分で、ここ!と決めた団体に、自分で決めた月に寄付をしています。主人と私の誕生月と、夏と冬にちょびっと(←ほんとうに少し・・の意味です)。
昨年大震災があったので、きぼうの家にはどうしよう・・と思っていましたが、年2回のところを1回で勘弁してもらっても、活動を見守りたい・・と思ったので、自分の誕生月の1月中に寄付しようと年が明けてから決めていたのに、忘れていて、今日になりました。
きぼうの家を知ったのは、NHKのプロフェッショナル仕事の流儀だったかなぁ・・山本さんっていうそこの女性代表者のことを特集していたのをみた時でした。現在は山本さんは夫のある身でありながら、運命の人と出逢ってしまわれて、きぼうの家を出て行かれたようですが、その後、ご主人が支援者に支えられながら頑張って運営しておられるそうです。
そうそう・・肝心のきぼうの家ってなぁに?という声がきこえてきそうですね・・
きぼの家というのは、東京の台東区の山谷地区というところにある、在宅ホスピスケアの施設です。ホスピスといえば、終末医療を施すところですが、そこには、仕事を頑張ってきたけれど病気になってやむを得ず仕事ができずに生活が成り立たなくなった行き場のない人や、身寄りがないうえ行き場のない人や、事情はそれぞれあるのでしょうが、病気になてしまって、大変さびしい、かなしい人生の結末に向かっている人たちが、心有るスタッフの方々に囲まれて最後の瞬間までそこで生活する場所です。非営利活動の団体で、活動の資金は寄付で賄われてれているそうです。
社会は無縁社会へ・・といわれるようになって数年になりますが、実際、多くの人が、けっして怠けているわけではないのに、仕事もなく、身よりもなく・・というように年老いていき、どうしようもないような、追い詰められた状態になってしまう・・
こんなことは他人事だ・・と思われている方もあるかと思います。それならばそれで、本当に幸せでよかったですね!と申しあげたいです。しかし、自分にとっては、他人事では決してありませんでした。「たぶん、主人が死んだら、ノタレジヌ・・」とここ10年くらい、本気でそう思っています。
だから、自分にとっては他人事ではありません!できるだけ、いやいやできるだけでいいからその人たちに遠くからでもいいから関わりたい・・と思ったのです。
自分の親の面倒もろくにみていないのに、よくゆーわ・・と、またご批判があるかもしれません。しかし、有り難いかな、うちの両親共々元気でいてくれるし、なんとか経済的にも自分たちで生活してくれているので、いまだけ、偽善と思われてもいいからやらせてもらっています。
宮沢賢治の、雨にも負けず・・という詩がありますよね、
あと、マザーテレサが活動を続けた、死を待つ人の家も・・・
あんなことが出来るのならいいけれど、自分はちっぽけでなさけない人間なので、
せめて、今できることをしよう!と思うのです。
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